スローライフを生きる~入社2年目でうつ病になったHSPの話~

内向的でHSPの気質を持った20代OLのブログ。今は人生の立て直し中。

【鍵のない夢を見る】これは女の生態図鑑

 『ドラえもん のび太の月面探査記』などを手掛けた作家、辻村深月さんの直木賞受賞作品です。

 

鍵のない夢を見る (文春文庫)

鍵のない夢を見る (文春文庫)

  • 作者:辻村 深月
  • 発売日: 2015/07/10
  • メディア: 文庫
 

  本作は、5つの短編集構成です。

 全体的な内容を言うと、「ザックザクに女の内側を切り裂いて中身を暴き出した生体図鑑です。生々しい。いやほんと生々しい。「身近にいそう」どころか、耳元で登場人物の息遣いが聞こえてきそうなくらいリアルで惨たらしい人物描写。女の感情的な面と打算的な面が表裏一体で同時に働いているところとか、結構したたかに生きている強さとか、でも自分を正当化している虫の良さとか、そういうのを全部容赦なく紙にの上に表現してくる。読んでる途中、引き込まれすぎて喉が乾いてしょうがなかったですとも。

 

 

 

女の汚さが丸裸

 この件については筆舌に尽くしがたい。何でこう、いろんなタイプの女の汚さをまざまざと描けるんだろうなって思います。普通の人の顔の裏で、どうしようもない衝動に負けてしまう女、体裁ばかり気にして同じレベルの男しか寄ってこないことに気づけない女、楽な方に流され続けて被害者ぶる女、無自覚に利己的で都合の良い女。見に覚えがある部分もそうでない部分も、妙にわかってしまって溜飲が下がります。

 友達同士で互いを品定めしたりマウント取り合う姿も、「まぁ、実際ありそうだなぁ」と思える描写なんですよね。頭の良さはアンタが上だけど、女としては私のほうが上。先に彼氏が出来たのはアンタだけど、私の彼のほうが格好いい。自分が勝っている部分を探して、現実から目を背けるっていうのは、わかるような気がします。誰かに劣等感を感じると同時に、誰かを見下して安心するのも人間の性ですよね。

 

嫌悪感を覚える描写が見事

 女性が男のどんなところに気持ち悪さを感じるか、どんなときに冷めた目になるか、すごく覚えのある感覚を引きずり出されていきます。「石蕗南地区の放火」の男なんてもう、嫌悪感の塊をじっくりコトコト煮込んでドロドロになったよう。満員電車で、脂ぎった汗が垂れる口元から、熱くて臭い息を首筋に吹きかけられたみたいな、ゾゾゾッと寒気が走る気持ち悪さなんですわ。

 実際の女を知らないくせにわかってる男ぶってきたりとか、「俺、正義感強いからさ」ってイキってる姿ってとほんとイラッと来るんですよね。わかる、すごくわかる。

 個人的には、頭の弱いカップルにありがちな感じの、綺麗な言葉を表面だけで理解した気になって悦に浸る滑稽さや、お互いの食べかけのハンバーガーをかじる品の無さにも、なんとも言えない気持ち悪さを感じましたね。

 

 

イチオシは「芹葉大学の夢と殺人」

 この話は日本推理作家協会賞短編部門の候補に上がったようですが、たしかに完成度が頭一つ抜きん出てると感じます。鬱屈とした気持ちの出口がなく袋小路に嵌った主人公が行き着いた先は、やるせ無さと同時に、成るべくしてなった結末にも思えました。

 永遠に未玖が求めるものはくれない雄大。強制的にモラトリアムを終わらせられる時期がやってきて、喪失感に打ちのめされて。他に縋るものがなくて、会えば会うほど距離を感じるのに、彼に依存してしまう…。あぁ、不幸な恋愛をズルズル続ける女の子って、こういう負のスパイラルから抜け出せなくなちゃてるんだろうなぁ。呆れてるのに憧れてしまう。疲れるのにまた抱かれてしまう。愛は呪いだとは、よく言ったものです。

 子供から大人に変わる分岐点って、自分の存在意義を何に見出すかという課題を乗り越えることなのかもしれませんね。夢という不安定なものとか、移ろいゆく他人の心(恋愛関係)にそれを求めてしまうと苦しくなる。壮大な何かじゃなくて、日常で感じられる小さなこと、そこに自分の価値を感じられた時、自立したことになるのかな、と感じました。

 どちらかと言うと私は雄大のほうにドキリとする部分があって、私もこういうところがあるな…と何だか恥ずかしくなりました。自分の幼稚さを客観的に見せられると突き刺さって、とても痛い。

 

「鍵のない夢」というタイトル

 正直このタイトルの意味はわかってないんですが、ここまで感想を書いてみて、「出口のない世界に囚われた女の話」なのかなって少し思いました。

入るための鍵じゃなくて、出ていくための鍵。どうしようもなく愛憎渦巻く感情と、それを消化することができない未熟さに足を絡め取られて、その世界にずっと留まってしまう女たち。彼女らは出ていく鍵が見つけられずに、迷路の中を彷徨っている。何となーく、そういうことなのかなって。全然違ったら恥ずかしい。

 

 エグいくらい人間の弱さを描いていますが、誰にでも刺さる部分がある作品だと思います。短編なのに1つ1つが読み応えのあるお話でした。